http://www.kenji.gr.jp/jimu/backnumber/jimu018.html
(「春と修羅 第二集」より)
三六六 鉱染とネクタイ
一九二五、七、一九、
蠍((サソリ))の赤眼が南中し
くはがたむしがうなって行って
房や星雲に附属した
青じろい浄瓶((じんびん))星座がでてくると
そらは立派な古代意慾の曼陀羅になる
……峡いっぱいに蛙がすだく……
(こゝらのまっくろな蛇校岩には
イリドスミンがはひってゐる)
ところがどうして
空いちめんがイリドスミンの鉱染だ
世界ぜんたいもうどうしても
あいつが要ると考へだすと
……虹のいろした野風呂の火……
南はきれいな飾窓(ショーウヰンドウ)
蠍はひとつのまっ逆さまに吊るされた、
夏ネクタイの広告で
落ちるかとれるか
とにかくそいつがかはってくる
赤眼はくらいネクタイピンだ
賢治は、あるきっかけから、北上山地に多い蛇紋岩に着目し、一時期県内のイリドスミンの山地地図の作成を企画したけれども、病気のために完成できなかったというふうなことが、仕藤隆房先生の名著『宮沢賢治』に紹介されています。本篇は、多分、岩手軽便鉄道(現釜石線)沿線の岩根橋―鱒沢周辺の蛇紋岩地帯を、達曽部川や猿ヶ石川沿いに踏査した折に着想したのかなと思います。
南天の山稜に落ちかかる銀河を渡る「蠍」その左手に浮かぶ「浄瓶」(みずがめ座)、その絢爛の夏の星座絵巻から、賢治は「胎蔵界曼荼羅」を連想し、更に、黒曜石のような天椀にちりばめられた星くずを、イリドスミンの鉱染と見立ててしまいます。
以前に「津谷のイリドスミン」について書いたけど、やっぱりこの近辺、北上山地はイリドスミンの産出記録があるのかな?なかなか文献には行き当たらないけど・・・