見つけた!・・・かも?

えーと、今日も『シャクシャインの戦い』(平山祐人)というか昨日の続き。

伏せ字にしていたのは静内の入船チャシ(ホイナシリチャシ)から砂金掘りに使われる“カッチャ(ガッチャ)”が出土していたというところ。 
入船チャシがシャクシャインのチャシとされるシベチャリ川流域チャシ跡群を構成するチャシの一つで、シャクシャインの戦い(1669)が終結して焼き払われたとすると、そこから出土したカッチャは1600年代半ばに使用されていたものだろう。
カッチャがシャクシャイン側に与していた砂金掘り師達の仕事道具だったのか、チャシの造営に鍬として使用されていた可能性があったりするのか、はたまたアイヌが砂金を掘ったのか? は分からないけど、とにかく1600年代半ばのカッチャというのは現存する最古級のカッチャじゃないのかなあ?

さて、文献としてこのカッチャの記述がありそうなのは『ひだか』16号 1964年発行に収録の『“シベチャリのチャシ”発掘報告書』 か 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hakodatekosen/51/0/51_68/_pdf

4) 藤本英夫: シベチャリのチャシ発掘報告書‐第1次調査‐,せいゆう,第 9 号,8 (1964).

になりそうだ。 静内の図書館に行けば見つけられるかな?
発掘に携わったのは当時静内高校勤務の藤本英夫氏だったようで・・・http://www.abs-tomonokai.jp/sasaki/fu-plofi.html
亡くなられてしばらく経つなあ・・・


で、出土したカッチャの現物も静内に行ったら手がかりがあるかも?と思っていたが・・・

ん?
新ひだか町アイヌ民俗資料館に展示されている、チャシ跡からの出土品」とされる写真に・・・
http://shinhidaka-uu-life.jp/archives/499

カッチャのような・・・?

あっ!たぶんこれだ〜

想像通り、現代のカッチャのように曲面で構成されておらず、先の尖った鍬形状。これが古いカッチャの形なんだろうな。

これはぜひ訪れて現物が見たいなあ。