正蓮寺と内ヶ島氏の争い

garimpo.hatenablog.com

 

春先よりは照蓮寺や内ヶ島氏に関する理解が少しは深まった気がするので『飛騨中世史の研究』を再読。

天正年間に内ヶ島氏から照蓮寺寺内衆に出された文書に関してはこの本も「山川への立ち入りを禁ずる」意味で読んでいるようだ。やはり文書の後半まで読むとこういった解釈になるのだろうと私も思う。

となると、1480年前後から内ヶ島氏の滅亡まで西飛騨の産金の権利は内ヶ島氏が握っていたんだろうなあ。 やはり正蓮寺と内ヶ島氏の争い(1475、1485)の理由の一つは産金の権利を巡ったもの・・・だった可能性がある。