中世 能登の金

 能登の金、文字起こししておかないと検索性が良くないので・・・

能登宝達金山について」(小葉田淳)より

加賀から本願寺へ送られた金 - 砂金掘り日記

文亀・永正頃に能登守護畠山義元が三条西実隆に黄金二両を贈った例があるが、大永四年四月には義元の跡を継いで守護となった義総が黄金十両・鳥子紙三百枚を書状とともに実隆へ届けている。享禄二年正月実隆は能登から送られた黄金の売却方の斡旋を周桂に命じているが、この頃には金の売却を営む業者があって、彼等は金かね屋・銀屋と普通呼ばれた。

さて、文章中にはどこで採れた金かは書かれていないが、畠山氏が能登で採取された金を三条氏に送っているとすれば、その金は宝達か富来の金山の砂金だろうか? 富来は一度行っておきたいのだが、なかなか機会がない。