北海道砂金史研究会 総会


今年も北海道砂金史研究会 総会が開催されました。

その後の懇親会では砂金掘り道具・書籍の即売会も行われ盛況でした。

私も7寸のカッチャを3つほど買い求めました。その内一つは渡辺カッチャの試作品(溶接ではなく曲げ加工の珍品!)。詳しくは後日。

熊肉(ヒグマ・ツキノワグマ)、鹿肉、猪肉の焼肉を食べ過ぎ〜 温泉で確認したら1kg増えていました・・・

オリビンサンド層

昨日と同じ浜で浜砂金掘り。

砂鉄層を探して掘っていると・・・

砂鉄層の直上がうっすら緑色というか、鶯色の砂・・・ああっ!これ、オリビンサンドか〜

この海岸には何の用途なのか不明だが、かんらん岩の玉石がゴロゴロと転がっているのだ。どうやらそれが砂となって浜に広がり、砂鉄との比重差で砂鉄層の直上にオリビンサンド層を形成しているらしい。

 

だったら砂鉄層の下には砂金層があっても良さそうだけどね〜 さすがにそれは無かった。

5年ぶりに採れた

https://garimpo.hatenablog.com/entry/2021/07/19/232648

様似の「金を採る川(アイヌ語で考えるんだ!)」。5年前に砂金が出るのを確認したは良いが、それ以降堆積状況が変わってしまって「砂金が採れない川」に変わってしまっていた。

ところが、昨晩はびっくりするくらいの暴風雨。これが良い影響を与えたらしい。

昨年よりゴッソリと堆積が削られている〜 砂岩の盤まで露出している〜

流路中の堆積物、盤上の堆積物、浜のうっすらとした砂鉄層、どこをパンニングしてみても砂金が10〜数十粉(!)入っている。

スルースボックスをかけてみる。

3時間でこれくらい・・・決して多くはないが、アイヌ語地名で「金を採る川」だから相応の産金の歴史がある場所で採れた砂金だというのが嬉しい。

 

さて、3時を過ぎると大分潮が満ちてきて・・・

ありゃ〜掘っていた場所も波を被って砂の下に埋もれてしまった・・・

明日以降、どの程度砂金が採れるかはわからないが、昨晩の暴風雨から約半日で寄せ場が埋まって消滅してしまった可能性もある。 大雨で川が増水して流路を削り込んだ一瞬だけ砂金が採れる産地なのかもしれない。

リニューアル 新ひだか町アイヌ文化交流センター

以前に訪れた新ひだか町アイヌ文化交流センターがリニューアルされたというので行ってみた。ここには、ホイナシリチャシから出土したシャクシャインの乱の頃のカッチャが展示されて・・・あれ?カッチャが無い。リニューアルと共に収蔵庫行き?

仕方がないのでカッチャが出土したというホイナシリチャシへ行ってみる。

川と海を望む尾根の先端に掘切で仕切られたチャシがあった。

こんな場所に和人の金掘りが立てこもっていた・・・んだろうなあ。

新冠の埋蔵金伝説

行くたびに休館日だった新冠の郷土資料館をついに訪問〜

残念ながら砂金関係の展示は無かったが、置いてある数冊の郷土資料を読んでみると「金掘の沢の埋蔵金伝説」というのがあるらしく・・・

この現場が、どうやら『砂金掘り物語』に出てくる判官館近くの「きな粉をまぶしたような小石」の含金層を掘った沢らしい。

伝説の元になった「金堀りさん」は大正末期にはその場所を去っていたそうだが、

場所と時期(雨宮砂金採取団の活動時期は明治20年頃・・・だったと思う)を考えると

1.渡辺良作の関係者が採取団解散後に砂金を掘っていた

2.(良作ら)採取団の採掘跡を採取団とは無関係の砂金掘り師が掘っていた

あたりは考えられるだろうか?

現在「金掘の沢」は企業活動が行われていたりして掘ってみるわけにはいかないのだが・・・

https://maps.app.goo.gl/TXvGeCB3nPB856jm7?g_st=ac

ピリカの柴金遺構

数年ぶりに今金町のピリカ旧石器文化館を訪れる。 柴金遺構関係でちょくちょく新聞報道もあるので、何か展示もされていると面白いんだけど〜

おっ、館内のチラシに・・・

①北海道遺産「今金・美利河の金山遺跡」とある。 魚道付近は行ったことがある、その近くだなあ。

 

地図の案内に従って歩くと、林に下りられるように土嚢が階段状に積んである。ははーん、ここが入口か? 入ってみると・・・

石垣水路の迷路が出現!

しばし迷路内をうろうろ。他地域より水路幅が広いかなあ?

 

その後、学芸員さんに他の遺構をいくつか案内して頂いた。掘り方や採掘区画等見えてきているものがあるのだそうで・・・そのあたりは微地形表現図からも読み取れるのかもしれない。後でじっくり見てみよう。