「今川家の財源は安部(倍)山」(宮本勉)

以前に部分的なコピーとして貰ったものなので元の資料名が不明・・・しかし、中には九両峰に関する記述があり

九両峰という地名の由来に、日に九両の砂金がとれたとか種々あるが、砂金採取に因むことは確かである。九両峰は、上井川(中山)と下井川(中野)の中間にある海抜八〜九百米、大井川との比高約三百メートルに位置する旧大井川の河岸段丘である。そこにはかつてそこが川底であった頃堆積した砂金が林の中の礫の下に埋っていたのである。それを採掘するために人々は、約二キロメートル離れた沢から大きな樋で水を引き、斜面に並行して堀を作り、その堀にネコダ(前出)を敷き、そこへ、礫を取り除いた下の土砂を入れ、ネコダにかかった砂金を採っていたのである。その作業に際し、取除いた礫の山とネコダを掛けた跡は今日も残っている。

2kmは離れていないけどK村車がスタックした沢の上流部から水を引いたのだろうか?採掘跡近辺は水が全く無かったからねえ。