浄念寺 の検索結果:

美濃の池仏

飛騨・荘川の浄念寺に伝わる池仏の伝説については何度か書いてきた 浄念寺 の検索結果 - 砂金掘り日記 今回、美濃『明宝村史』通史編下巻(『奥美濃 よもやま話』にも同様の記述あり)を読んでいたら どうやら、浄念寺の本尊と同様に天正大地震の際に水沢上の塞き止めでできた池に浮かんできた名号本尊があったようだ。 そうか、浄念寺の本尊が預けられた先は道場なのだから、元々の道場にあった本尊も池から見つかったということか。現存するものなら見てみたいなあ。

水沢上崩壊地の伝説

…高山市黒谷地区にある浄念寺の法物(本尊など)が避難させられていたが、大崩壊でできた池に沈んだ。 震災から120日後に池に浮かび上がった本尊が回収された。 (本尊は元文亀2年の冬に実如上人から与えられたとされるもので、おそらく「白川門徒」に宛てられたものと思われる。(未見)) この3つ。 確か、1の話には内ヶ島氏が関係するバリエーションもあって、それが故に内ヶ島氏滅亡の話として語られることもある。 白川郷または松谷金山の産金の史実が何かしら関係しているのではないかとも思うのだけ…

黒谷浄念寺の“白川門徒”本尊裏書

荘川町黒谷の浄念寺の本尊裏書に“白川門徒”と書かれているのは読んだことがあったが、そういえば『荘川村史』の続巻に浄念寺にまつわる伝説が載っていたのを思い出した。なんでも・・・ 天正年間金森氏の飛騨侵攻に際し、浄念寺の前身である道場の主は本尊などを近隣の水沢上の道場に避難させた。金森侵攻の翌年、天正地震の発生により飛騨西部の山が各地で崩壊、帰雲城の埋没や水沢上で河川の閉塞が生じ、水沢上の道場も水没する。 数ヵ月後、道場とともに水没した本尊などを納めた木箱が水面に浮かび上がり~ …