1560年当時というのは各地で金銀山開発が活発に行われていた時期だと思う、その当時の「諸勢力勢力図」https://pbs.twimg.com/media/EGM_EFgUUAEbZF0.jpg:orig
【桶狭間合戦期の諸勢力勢力図】
— 世戸口政親 (@Fransisco1530) October 6, 2019
作成開始当初から本当に多くの方の御協力に支えられて地図が作られてきました。まだまだ不備不足はありますが、一旦ここで総決算としたいと思います。今後もより多くの方の参考となるように地図の詳細化、明瞭化に努めます。皆様の戦国史研究の参考となれば幸いです。 pic.twitter.com/3JAHjE1pnF
金山のあった場所は誰が支配していたのか見てみると結構意外だったり、誰これ?だったり興味深い。
それはそれとしてこういう仕事はすごいよなあ・・・
ん?内ヶ島氏の版図を見ると現 岐阜県白川村の範囲に限定されている感じ? 少なくとももう少し南の現 高山市荘川町付近までは内ヶ島氏の領域のはずなんだけどなあ?向牧戸城なんかもあるし。 これだと金山は領域内にまったく含まれない感じだねえ。
で、荘川町付近は大谷領? 大谷氏で検索しても出てこないから照蓮寺の寺領?
真宗大谷派高山別院照蓮寺 - Wikipedia とかそういう意味なのかなあ?