山城シンポジウム「姉小路氏城館跡の実像に迫る」

畑違いではあったが色々と勉強になった。遺跡と史跡、保存と保護。柴金遺構にもこういう認識がされると良いと思うけど、何せマイナーな分野。それに飛騨市高山市は山城の方に熱心だから金山・柴金遺構には目が向かないかな。

 

そうそう、全国的(青森~熊本、北条勢力下は除く)に見て畝状竪堀群の構築年代はおおよそ1530~1560年頃なんだそうで。そうすると落部の山中で見つけたものもその時代のものなのだろう。内ヶ島氏が朝倉氏の侵攻に備えて構築した?かな?