http://d.hatena.ne.jp/garimpo/20160320
名寄に帰ってきたので図書館へ。
天人峡温泉の沿革を調べると、前回も読んだ『郷土史 ふるさと東川 II 激動編』に記述があった。 これによると天人峡付近にあった金鉱山「中島金山(昭和6年発見)」と天人峡温泉の発見には直接の関係は無かったようだ。
但し、天人峡(松山)温泉の発見は松山多米蔵の金鉱探索行(明治33年)の副産物だったようで、探索の結果次第では天人峡の中島金山は「松山金山」になっていた可能性があったかもしれない。