白川郷のゴールドラッシュ その2

『飛驒國中案内』牛丸村より

此村の下に小阪あり、此近所道の上下タに金砂堀候跡所々にあり、先年此所より川西の方に上瀧山といひて金山出る所有て、慶長二十年の頃か上瀧山上より俄に山拔けいたし候事有之、其砌大川をささへ候に付、金砂此川東迄つき上け候に付、山・川共に谷せりといふを致し候、飛驒にて西の山の大盛と他國へも相聞候繁昌いたす上瀧山なり。

文意

牛丸村の道の上下に砂金を掘った場所が所々にある。ここから見て庄川の西側に上滝金山と言う場所があり、慶長20年(1615)頃、上滝の山が突然崩壊して、金を含む土砂が庄川の東岸まで押し出したので、山も川も谷せりという方法で金を採取した。飛騨の西部で大変賑わっている、と他国でも知られる上滝金山である。

文中の「谷せり」で金を採取した場所は地形的にここしか考えられないので、この柴金遺構は採掘時期が1615年頃と特定できる、おそらく全国的にも稀な場所だと思う。(まあ、宮城には「七返し河原」といって七度も砂金を再採掘したのだ・・・などと伝わる場所もあるので、絶対に1615年以降に再採掘がされていないとまでは言い切れないのだが・・・可能性は小さいだろう。)